□ 東京農業大学 農大学報の原稿依頼 思いをまとめる。 平成22・5

「筒粥目録」と米作り

私が住んでいる宮城県角田市は、東北太平洋側南部に位置し、冬でも殆ど雪が積もる事は少なく温暖な所だ。 我が家は、広い田んぼが続く米どころで、コメ作りを中心とした百姓をしている。 今年は春先から気温の変動が激しい年で、例年になく苗作りに苦労した農家が多かった。 4月中旬には、10センチ程の雪が積もった。4月に雪が舞う事はあるが、これほど積もるということは数10年ぶりだという。 桜の花見と雪見が一緒に出来るという、貴重な体験をした。地球温暖化と騒いでいるが、温暖化どころではない冷夏が心配だという声が聞こえてくる昨今である。 
さて我が家の事務所を兼ねている居間の一番見えるところに、「筒粥目録」なるものが貼ってある。縦13.5センチ、横31.5センチの横長の目録だ。年に一回一月末に発行されるものだが、何年も重ねて貼ってあるので分厚くなっている。
毎年 一月末頃に、隣の集落の宮司さんが「筒粥目録」を携えやってくる。
この目録には、その年の農作物の作柄予測と天気予報が載っている。いうなれば作占いだ。
農業一筋に生きている我が家にとって、お天気情報は最も大切な情報だ。 その年のお天気が分かれば、百姓仕事は楽なもの。 種まき前の早春、作付け計画や施肥設計を立てるのだが、お天気は最も気になるところだ。その大切なお天気情報源になっているのが「筒粥目録」だ。  今どき、これほど科学が発達した世の中にあって、なんて前近代的な百姓をしているものだと思われるだろう。しかし、これが現実である。 長期予報は、気象庁からそれなりに発表される。 正直、日々の天気予報は参考にするが、長期予報は全く当てにしていない。現在の気象予報は、世界最高レベルのスーパーコンピューターを駆使して予報していると聞いた事があるが、所詮スーパーコンピューターは人間が作ったものだからだ。 百姓を35年以上していると、人間の力など些細なものに思えてならない。それよりも自然の神様の力を素直に感じることが多い。
我が家は、「神様」に聞いて稲作経営をしているといえる。
この「筒粥目録」。 隣村の桜地区にある御諏訪神社で毎年正月15日未明にかけて行われる特殊神事だ。この神事、670年以上の歴史がある。 今もって一般公開されず、そのやり方は詳しく知らされていない。 宮司さんによれば、12本の葦の筒を粥の中に入れ一緒に炊くという。 その際、筒の中に入った粥の状態を見て、 雨・風・日 等の天候や 早生稲・中生稲・晩生稲や、麦・豆・小豆など6種類の穀物の 作柄予想をするのだという。 宮司さんに神事に使う葦を見せていたいただく機会があったが、長さ 15センチほどで 直径が 約11ミリの太さで竹のように硬い立派なものだった。  この葦は 取る所は決まっているという。最近は農地開発や宅地造成等が進みなどで 葦の原はめっきり少なくなり、 同じ太さの立派な太い葦を12本そろえるのが 年々 困難になってきたと嘆いていた。 気候も大きく変わってきているが 生活環境そのものも知らず知らずに大きく変わってきたようだ。
ところで、今から400年程前、当時の仙台藩主・伊達政宗が現在の福島県相馬との戦いで角田を訪ね、諏訪神社で戦勝祈願をしたという。
それが時あたかも正月15日、筒粥神事の朝。政宗一行は、その筒粥を食べ出陣し見事勝利したというのだ。政宗は、これにたいへん感謝し神殿を新築し、また宮城県から岩手県の一部にまたがる伊達藩領域内に筒粥目録を頒布させたという。今でも心待ちしている農家が多く、春になると地元はもとより、遠くから訪ねてくる人がいるという。
また、諏訪神社は、角田市の中央を流れる、東北で三番目に大きい阿武隈川下流のほとりにある。 宮司さんの話では、神社周辺は工業団地になり、昔の面影なくなったが、工業団地が出来る40年前頃までは、萱や葦が一面に自生し、誠にきれいな風景が広がっていたという。 宮城県の祝い唄に「さんさしぐれ」という民謡がある。その歌は「さんさしぐれ か かややの雨か・・・・・」という歌詞で始まるが その歌詞そのもの風景が広がっていたという。「さんさしぐれ」は 伊達政宗が相馬との戦いで勝利したときに詠んだ歌だという事で、民謡「さんさしぐれ」の発祥の地が諏訪神社のある角田市佐倉地区だと伝えられている。
さて今年の「筒粥目録」によれば、お日様八分・雨は八分・風が六分。我が家で作付している麦は6分で不作、豆は8分で豊作。早生稲・七分で普通、中生稲・六分で不作、晩生稲・八分で豊作とある。これまでの経験で中生稲の作柄が悪い時は、冷夏をもたらす怖いヤマセがやってくる確率が高い。 この原稿が出る頃には、結果が出ているかもしれないが、天気は神のみぞ知る。 気温変動が激しいこの春の天気と「筒粥目録」からすれば、夏の天気が心配だ。 「お米が無事に収穫出来れば儲けもの」という思いすらする今年の天候だ。 人間の力は小さいかもしれないが、冷夏に備え考えられる対策はなんでもやるという気構えで、田んぼに通う日々が続く。